ALONE TOGETHER AT THE Mt. KUALOA
size:56 x 38 (inch)ハワイのランドマークであるワイキキビーチとダイヤモンドヘッドのモチーフは、このエリアの百年以上前の未開の原景をメディテイトした作品です。
私は、この作品を、「ハワイこそ、私の生涯の永遠のテーマである」と語る、濱田 翼氏と、彼の会社、株式会社タスクプラニングにデディケート致します。
"Manoa Ali'i (Royal Vast)" の、Manoaとは、マノアの川の流域の事で、ハワイ語での意味は、「広大な」と言う意味があります。
また、Ali'i は、王権や、支配権を意味致しておりますので、「支配者が住んでいた広大な地」と言う意味です。 現在そこには、米国の軍と観光産業の支配権が存在致しますが、かつては、ハワイの王朝の支配もあったでしょうし、更には、ハワイ固有の伝説の中に見られる支配権も存在したかもしれません。
しかし、このように、私たちが古代の視点を持つなら、私たちの記憶や将来の全てをカバーするような、この星の全てに共通する無限のパワーと美の支配権の存在を改めて見出す事ができるのです。
太古のワイキキビーチとダイヤモンドヘッド、ここは、ハワイのランドマークであるに足る、永劫の支配権の存在が如実に見えてくるエリアです。
[参考補足説明]
今から100年以上前のワイキキは、Ko'olau 山脈から流れる、Moleka、Manoa、Paloloの3つの川の流域が交差する、広大な湿地帯でした。
それは、Waikiki のハワイ語の意味、「水の吹き出る、池、沼地」からも察する事ができるとおりです。
1900年代の始まりのこと、ダッグポンドと呼ばれていたこの土地の開発に目をつけたのは、アメリカ軍でした。
その計画は、3本の川が乱れて流れる広大な湿地帯を、一本の人工的な川に集約するよる治水事業に始まりました。
現在あるアラワイ運河の建設工事が、これにあたり、この大規模な土木工事により、ワイキキは、現在のような渇いた土地と変化し、暫くの間、アメリカの太平洋の最前線基地の砲台施設として使われ続けました。
しかし、わずか50年で時代は大きく変わり、長距離弾道弾ですとか、核の時代を迎える事により、砲台施設も無用の物と化した為、1950年代を境に、観光産業の拠点とする再開発が始まり、砲台も、フォーデルシー公園として整備され、その周辺ではホテルの建設ラッシュが始まりました。
このストーリーこそが、世界有数のリゾート・ワイキキの、わずか百年間の歴史です。
